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バレーボール記事

   日本と海外の速攻をテンポの視点で比較してみる(COLUMN)   




   手川勝太朗       (神戸市立大原中学校)   



 日本で「速攻・クイック」と呼ばれる攻撃(以下、速攻)とファースト・テンポの攻撃は同じものなのでしょうか。テンポの視点を中心として考察してみましょう。


◎日本と海外の速攻、それぞれの特徴

 まず、速攻とはどのような攻撃でしょうか。

①スパイカーは小さく助走をとり

②スパイカーはセッターがボールに触れる前に踏み切り(ジャンプして)空中で待ち

③セッターはネットの白帯付近にボールを上げ

④スパイカーはコンパクトなフォームで白帯付近のボールを打つ

⑤セッターがボールに触れてからスパイカーが打つまでの時間は短ければ短いほど良い

 このようなプレーを理想的とイメージする人が多いのではないでしょうか。これは、日本で一般的に多くのカテゴリで見られる攻撃です。


 次に、海外で一般的に見られる速攻とはどのような攻撃でしょうか。

①スパイカーは大きく助走をとり

②スパイカーはセッターがボールをセットすると同時(または直後)に踏み切り(ジャンプして)

③セッターはスパイカーの最高到達点付近にボールを上げ

④スパイカーはダイナミックなフォームで最高到達点付近のボールを打つ

⑤セッターがボールに触れてからスパイカーが打つまでの時間は日本で一般的に見られる速攻よりも長い

 このようなプレーであり、これは、いわゆる狭義のファースト・テンポ(以下、ファースト・テンポ)の攻撃です。


 こうしたファースト・テンポの攻撃は、日本のバレーボールの感覚では速攻としては「遅く」感じられ、「セミ(・クイック)」のようなイメージに近いと感じる人も多いでしょう。


◎テンポの視点から見た、日本と海外の速攻の比較

 テンポの視点で分類すると、日本で一般的に見られる速攻は「打点の低いマイナス・テンポの攻撃」となり、「日本で一般的に見られる速攻と海外で見られるファースト・テンポの速攻は違うものである」となりますが、これは、どのような速攻を理想型と考えるかのコンセプトの違いによるものです。

 日本で一般的に見られる速攻は、ボールがセットされてからスパイカーがヒットするまでの時間の短さが重視されています。そのため、スパイカーの打点の高さやスパイクの威力、打てるコースの幅などは、あまり重視されていません。 それに対して、海外で見られるファースト・テンポの速攻は、スパイカーの打点の高さやスパイクの威力、打てるコースの幅などの「スパイカーの持ち味」が重視されています。日本の速攻とは違い、ボールがセットされてからスパイカーがヒットするまでの時間の短さは、あまり重視されていません。

 実は日本にも、ファースト・テンポの速攻を打つミドル・ブロッカーの選手が男女ともにいます。しかし現状として、日本では多くの指導やプレーの場面で、マイナス・テンポの攻撃とファースト・テンポの攻撃を同じ「速攻」という言葉で表現しており、使い分けがされていません。一方、海外のチームに目を移すと、速攻にはマイナス・テンポの攻撃とファースト・テンポの攻撃があると認識し、使い分けています。戦術を考える際には「速攻にはマイナス・テンポとファースト・テンポがある」という捉え方をすると、見方や考え方の幅が広がります。


◎テンポの視点から見た、速攻の戦術変遷

 具体的な攻撃戦術に注目すると、シドニー・オリンピック後の2002年頃までは「スパイカーが組織的に異なるテンポで攻撃する(=時間差攻撃)」戦術が主流でしたが、男子ブラジル・ナショナル・チームが2004年頃に「スパイカーが組織的に同じテンポで攻撃する(=シンクロ攻撃)」という概念を作り出し、攻撃戦術として取り入れました。その経緯で、両サイドからの攻撃と真ん中からのバック・アタックがセカンド・テンポからファースト・テンポになり、前衛ミドル・ブロッカーの速攻がマイナス・テンポからファースト・テンポになることで、同じテンポで攻撃するようになったという歴史的事実があります。

 そもそもなぜ海外の速攻がファースト・テンポになったのでしょうか。その理由のひとつは相手のブロック戦術に起因します。リード・ブロックでは、ブロッカーはセットされたボールに反応してブロックに跳びます。スパイカーの立場から見ると、相手のブロッカーが跳ぶよりも相対的に早く踏み切って跳ぶことで、ブロックの横を抜くだけではなく、上を抜くことも可能になり、相手のブロッカーより「はやい攻撃」をすることができます。そのため、相手のリード・ブロックに対して極端に早く跳ぶ必要性はありません。またファースト・テンポで攻撃することによって、ボールをヒットする時間的・空間的な幅を広く確保することができ、スパイカーの打点の高さやスパイクの威力、打てるコースの幅を生かすことができるのです。

 FIVBワールド・カップ2011男子大会では、「シンクロ攻撃の可能性が高い局面では(特定の選手をノー・マークにするリスクを負いながら)積極的にコミット・ブロックを行う」チームが目立ちました。これは、リード・ブロックに対して(相対的に早く跳ぶために)有効であるファースト・テンポの攻撃に対して、スパイカーと同じタイミングでブロッカーが跳べば対等な高さで勝負ができるという考えからです。つまり、シンクロ攻撃に対して、マッチ・アップによほどの身長差が無い限りは、リード・ブロックで対応するのは分が悪いと言い換えることができます。

 そのコミット・ブロックに対して、アルゼンチン・ナショナル・チームのミドル・ブロッカー陣は、「ネット際から高い打点でのマイナス・テンポ」を有効に利用していました。一方、ブラジルやポーランド、イランのミドル・ブロッカー陣は、「ネットから少し離れた位置から高い打点でのファースト・テンポ」を有効に利用していました。FIVBワールド・カップ2011男子大会ではこの2つのタイプの速攻が有効な戦術でした。マイナス・テンポとファースト・テンポのどちらが良いかということではなく、「選手やチームの持ち味を生かし、相手チームのブロック・システムに対して有効なものを選択することが重要」なのです。

 戦術には「トレンド(=流行)」があります。現在主流である戦術が絶対ではありません。ましてや、戦術は相手があってのものですから、自分たちのチーム内だけで完結するものではありません。アタック戦術とブロック戦術の駆け引きの面白さが分かると、より一層楽しくバレーボールを観ること、プレーすることができます。


◎テンポを正しく理解することで誰もが習得できる「あたりまえ」の技術

 近年、日本でも「Bick(back row quickの略)」という言葉が市民権を得てきているようです。1990年代前半に「パイプ攻撃」という名で、前衛スパイカーの速攻をおとりとした時間差攻撃として認識されていたセンターからのバック・アタックを「はやく」しようとするトレンドの過程で、海外では「〝quick〟(速攻)」をファースト・テンポの(アタッカーの持ち味を生かす)攻撃として捉え、日本はマイナス・テンポの攻撃として捉えました。さらには、日本では速攻には「セット・アップからボール・ヒットまでの時間が短い攻撃」や「白帯付近で打つ攻撃」といったイメージがあったことから、Bickを導入する際に日本代表チームも含め、大きな混乱を引き起こしました。

 技術や体格に優れた選手だから可能に思える世界トップ・レベルのプレーも、実際には競技レベルや経験年数に従って完成度が高まるというだけで、難しい技術はほとんどありません。ファースト・テンポの速攻やBickも、決して特別な選手にしかできない高度なプレーではなく、正しいテンポの概念を持って取り組めば誰でも習得できる「あたりまえ」の技術なのです