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バレーボール記事

   ファースト・テンポは “はやい攻撃” なのか!?(詳細解説)   




   渡辺寿規       (バレーペディア編集委員)   



 初版のバレーペディアで「テンポ」という言葉、特に「ファースト・テンポ」という言葉が一般にも浸透した一方で、テンポの概念に対する正しい理解となると、関係者の間でもまだまだ十分に浸透したとは言い難いように思います。

 ファースト・テンポがもてはやされるようになった背景には、ブロック戦術の変遷があります。リード・ブロックが主流となったことで、セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間が短いファースト・テンポが、リード・ブロックに効果を発揮する可能性のある戦術として注目を集めることとなりました。しかし、ファースト・テンポはリード・ブロックよりも前に開発された技術ですから、それ自体は「アタッカー主導のコンセプトで繰り出すアタック」でしかなく、ファースト・テンポがリード・ブロックに効果を発揮するには、いくつかの条件が必要となります。


◎アタッカーがブロッカーより〝相対的に早く〟踏み切ることがカギ

 では、リード・ブロックで対応が難しいファースト・テンポとは、どのようなものなのでしょうか? テレビの解説などで「ブロックが完成する前に打つ」とよく言われますが、これがどういう状態なのかを正しくイメージできている日本のバレー関係者は、決して多くないように思います。

 下の図をご覧下さい。これはセット・アップを基準とした時間軸の中で、アタッカーの動作ならびに、リード・ブロックで対応するブロッカーの動作を解析して図示したものです。

 ブロッカーはセット・アップを確認した後、セットされたアタッカーのスロット位置に向かってネットに沿って移動し、踏み切ってブロックを完成させます。ですから、セット・アップからブロックが完成するまでの時間(以下、ブロック反応時間)は、セットされてから動作を開始するまでの反応時間(①)、ネットに沿って移動する移動時間(②)、踏み切ってから空中でブロックが完成するまでの時間(③)、の合計となります。

 ①〜③のうち①と②は諸条件により変動しますが、③はブロッカーがジャンプして空中で最高点に達するまでの時間であり、ジャンプ力によほどの差がない限りは、ほぼ一定値となります[1]

 一方、アタッカーは助走を開始した後、踏み切って空中でボールを打ちますが、踏み切ってからボールを打つまでの時間は、空中で最高点に達したところでボール・ヒットを行う限り、ジャンプ力によほどの差がない限りは、ブロック反応時間の③と一致します[1]リード・ブロック動作解析.jpg

 以上を念頭に置いた上で、「ブロックが完成する前に打つ」すなわち、ブロック反応時間(①+②+③)よりも早いタイミングでボール・ヒットを行うには、下の図のように、アタッカーがセット・アップのタイミングを目安に踏み切り動作を行えばよいことがおわかり頂けるでしょう。これは「アタッカーが先に助走する」から達成可能な踏み切り動作であり、だからこそ、ファースト・テンポはリード・ブロックに効果を発揮する可能性を秘めているのです。


ファースト・テンポ.jpg


 テンポの概念が浸透している海外では、アタッカーの踏み切り動作のタイミングに注目し、リード・ブロックに効果的な踏み切り動作をファースト・テンポとして扱う(=狭義のファースト・テンポ)のが一般的です。ブロック反応時間の①+②に比較的時間を要するケースでは、踏み切り動作はセット・アップより遅くても問題ありません。狭義のファースト・テンポは「早ければ早いほどよい」のではなく、ブロッカーの踏み切り動作のタイミング(①+②)より「相対的に早く」アタッカーが踏み切ればよいのです

 一方、テンポの概念が浸透していない日本では、ファースト・テンポが〝はやい攻撃〟という漠然としたイメージでとらえられているため、踏み切り動作のタイミングが意識されていません。セット・アップからボール・ヒットまでの「経過時間さえ短縮できればよい」という発想から、アタッカーが助走距離を削る結果に陥りがちです。しかし実際には、ブロッカーがセット・アップを確認するまで動けないことを逆手にとって、セット・アップ前に十分な助走距離を確保した方が得策です。要は、踏み切り動作のタイミングさえ間違えなければよいのであって、アタッカーは自身に要求される「あたりまえ」のプレーである「全力でスパイクを打つ」ことを追求すればよいのです


◎アタッカーの〝打点高を殺さない〟セット方法がカギ

では、十分な助走距離を確保して、狭義のファースト・テンポで踏み切り動作を行えば、リード・ブロックで対応できないスパイクが繰り出せるのでしょうか?・・・実は、ここに大きな落とし穴があります。

図2をもう一度ご覧下さい。「ブロックが完成する前に打つ」と言えば、「ブロッカーがネットに沿って移動するのが間に合わない」イメージを思い浮かべる方が多いようですが、ブロックが完成するより早いタイミングでボール・ヒットする場合、そのタイミングは通常、ブロック反応時間の③の途中に訪れます。

アキンラデウォ選手の連続写真で言えば、写真7が「ブロックが完成する前に打つ」状態であり、このようにブロッカーの手より「上空から」スパイクを打つことができて初めて、リード・ブロックで対応できないスパイクと言えるのです。もしこのタイミングでボールが彼女の最高到達点より遙かに低い位置にあれば、まだ空中で最高点に達していない相手のブロッカーにワン・タッチを取られかねません。ですから、リード・ブロックに効果を発揮するスパイクを繰り出すには、アタッカーの打点高を殺さないセット技術が重要となり、これを達成する方法がインダイレクト・デリバリー(法)(p○○参照)です。


◎インダイレクト・デリバリー=セッターに本来求められる「あたりまえ」のセット技術

セットされたボールは空気抵抗などを無視すれば、重力の影響により放物線軌道を描きます。放物線軌道の頂点がアタッカーの最高到達点に一致するようにセットした場合、セット位置の高さがアタッカーの指高とよほど大きな差がない限り、頂点すなわちアタッカーの最高到達点に達するまでの時間は、ブロック反応時間の③に一致します(※)。ですから、セット・アップとアタッカーの踏み切り動作のタイミングが一致した場合、放物線軌道の頂点がアタッカーの最高到達点に一致するようにセットすれば、アタッカーが空中で最高到達点に達する瞬間にボールもアタッカーの最高到達点に到達します。こうした物理学の法則を念頭に置いたセット方法が、インダイレクト・デリバリーです。

セット軌道の頂点をアタッカーの最高到達点に一致させるのは高度なセット技術に思えるかもしれませんが、ファースト・テンポが「アタッカーが先に助走し、それにセット軌道を合わせる」アタックであることを思い起こせば、インダイレクト・デリバリーがセッターに本来要求される「あたりまえ」のプレーであるのは明らかでしょう。放物運動をする物体は、重力の影響だけを純粋に考えて計算すると、頂点付近わずか5cmの高低差の範囲内で0.202秒間も漂うため(※※)、実際には図3のように、ボールが頂点付近で漂う〝幅〟とアタッカーが最高到達点付近で漂う〝幅〟が、重なり合うようにセットすればよいのです。この「あたりまえ」のセット方法により、アタッカーは自身の最高到達点付近で漂うボールの時間幅・空間幅を最大限に利用して、ボールを打つタイミングや位置を自由に変えることができ、自身の持ち味を最大限に発揮することが可能となります。

◎ファースト・テンポの本質は、アタッカーの持ち味を最大限に生かすことにある!

アタッカーがセット・アップのタイミングを目安に踏み切り動作を行い、セッターが自身に本来要求される「あたりまえ」のセット動作を行えば、自ずとリード・ブロックに効果を発揮するファースト・テンポは達成されます。現状の日本のバレー界では、ファースト・テンポと言えば〝はやい攻撃〟という漠然としたイメージから、早いタイミングでボールを打つためにスイングをコンパクトにするように指導されがちですが、アタッカーは自身の最高到達点付近でボールが漂う時間幅ならびに、ボールが移動する空間幅を最大限に利用して、むしろダイナミックなスイングをすればよいのです。そうした時間幅や空間幅を最大限に利用することで、アタッカーの持ち味を最大限に生かすことこそがファースト・テンポの本質であり、〝何秒(以内)〟とストップウォッチで経過時間を計って、その設定時間内にスパイク動作を完了させようとするのは本末転倒なのです。

  1. 1.0 1.1 ブロッカーやアタッカーが踏み切ってからt(秒)後に空中で最高点に到達し、そのジャンプ高をh(メートル)、重力加速度をgとすれば、t=√(2h/g)と計算されます。同様に、ボールがセットされてt(秒)後に空中で最高点に到達し、セット位置から最高点までの高さの差がh(メートル)なら、t=√(2h/g)となります。