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バレーボール記事

   ポジション用語の混乱(COLUMN)   




   渡辺寿規       (バレーペディア編集委員)   



 バレーボール・ファンの間で、ポジション用語の混乱が話題になっています。なぜ、混乱は生じたのでしょうか?


日本で長年、ポジションを〝位置〟で表されてきた背景

 日本では長年「レフト」・「センター」・「ライト(セッター対角)」など、〝位置〟を表す名称がポジション用語として用いられており、〝役割〟を表す名称は「セッター」のみでした。プレーする〝位置〟を聞くだけで、それぞれのプレーヤーが果たす〝役割〟が、おおよそ想像できたからです。レフト・プレーヤーと言えばチームで最も攻撃力のある〝エース〟であり(そのため、レフト・ポジションの意味で「エース」という言葉も使われました)、センター・プレーヤーと言えば速攻を中心に打つ選手であり、ライト・プレーヤーと言えばどんなプレーもそつなくこなす選手でした。つまり、長年バレーボールの戦術が変化しなかったからこそ、ポジション名を聞くだけで誰もが、共通のイメージを持つことが可能だったのです。

 ところが、1980年代のアメリカ男子ナショナル・チームが導入した〝分業システム〟を境に、バレーボールの戦術が急速に変化し始めました。分業によってレフト・プレーヤーがレセプションに専念し、その代わりローテーション上でセッターの対角に位置するライト・プレーヤーに、セッターが前衛の場面で常にバック・アタックを打たせるというチーム戦術が生まれました。ライト・プレーヤーに新たな〝エース〟としての役割が課せられたため、従来「エース」と呼ばれたレフト・プレーヤーを「超越する」という意味で、日本では「スーパー・エース」というポジション用語が生まれました(もちろんこれは和製英語であり、海外では通用しません)。


戦術の変遷により、ポジション用語の混乱は生じた

 ライト・プレーヤーが〝エース〟としての役割を担うようになったこの時期、前衛ではライト・プレーヤーがレフト側から、主としてオープン・トスを打ち、代わりにレフト・プレーヤーがライト側から攻撃するケースが多くなりました。そのため「レフト」や「ライト」という〝位置〟を表す名称でポジションを表現することに無理が生じるようになり、海外(英語圏)では両サイド(〝Outside〟〝Wing〟)から攻撃する〝役割〟を表す表現として、「アウトサイド・ヒッター〝Outside Hitter〟」や「ウイング・スパイカー〝Wing Spiker〟」という用語が次第に用いられるようになりました。それに対応するように「センター」も、中央(〝Middle〟)に構えて果たすブロックの要としての役割を表す表現として、「ミドル・ブロッカー〝Middle Blocker〟」という用語に変わっていきました。ところが日本はこの過程において、戦術変遷の波に乗り遅れ(詳細解説「用語から見た戦術の変遷」参照)、男子のトップ・レベルを除いて中高生レベルや女子では、従来通りの戦術が一般的であり続けたため、この時期に「ウイング・スパイカー」や「ミドル・ブロッカー」という用語は浸透しませんでした。その一方で「スーパー・エース」という新たな用語だけがテレビ中継を通して連呼されたため、「レフト」・「センター」・「ライト」という用語が消えないまま、「スーパー・エース」という用語が完全に定着してしまいました。本来「スーパー・エース」とは、上述のとおりライト・ポジションのことであり、レセプションを免除される代わりにオープン・トスやバック・アタックを打ちまくるプレーヤーですが、ライト・ポジションに従来通り、どんなプレーもそつなくこなす選手を配する戦術が続いた日本では、ポジションはさておき、レセプションに参加せずにサード・テンポの攻撃を中心に打つ選手を「スーパー・エース」と呼ぶという、一種の誤解を招きました。その一方で、正しい定義どおりに「スーパー・エース」=「ライト」と理解しているとかえって、従来通りの戦術で戦うチームのライト・プレーヤーを「スーパー・エース」とは呼びづらくなり、「ユーティリティ(便利屋)」や「ユニバーサル(万能選手)」といった新たな用語が生まれたのですが、それがポジション用語の混乱を助長する結果に繋がりました。

 「スーパー・エース」という用語の代わりに、海外では「ライト」は「オポジット」と呼ばれます。「オポジット〝Opposite〟」は「反対側」の意味で、日本で従来用いられていた「セッター対角」に近いニュアンスです。「レフト」や「センター」が〝位置〟を表す表現から〝役割〟を表す表現へと変化していった中で、「オポジット」だけは〝役割〟を表しておらず、異色の存在と言えます。しかし〝役割〟を表さない用語だからこそかえって、用語の表す文字通りの意味に縛られずに新たな〝役割〟を課すことができ、戦術を新たに進化させるには好都合だったとも言えます。実際、現在の世界トップ・レベルではオポジット・プレーヤーは、レセプションには参加しないものの、サード・テンポではなくファースト・テンポの攻撃を中心に打つ選手が多くなってきています(詳細解説「用語から見た戦術の変遷」参照)。世界トップ・レベルの戦術変遷の波に乗り遅れないよう、今後は「オポジット」という用語をぜひとも使用していきたいものです。